※本記事は、令和7年12月22日現在で公表されている「こども性暴力防止法(日本版DBS)」のガイドライン(案)を基に作成しています。将来的な法令・政省令・ガイドラインの確定や改訂により、運用や解釈が変更される可能性があるため、個別事案については最新の公的資料や専門家への確認を前提としてください。
日本版DBSでは、犯歴がない職員に対しても「おそれ」があれば対応が求められます。しかし、その判断は園長先生個人の勘や覚悟に委ねられるものではありません。本コラムでは、「疑い」を法的に整理し、園と園長を守る実務対応を解説します。
はじめに|「犯歴チェック」は安全のゴールではありません
日本版DBS(こども性暴力防止法)というと、「採用時に犯歴をチェックすれば安心」と考えられがちです。
しかし、それは制度のごく一部に過ぎません。
犯歴確認の限界
DBSの犯歴確認(Vetting)は、「過去に特定の犯罪歴があるか」を確認する仕組みです。
一方で、
- 初犯
- 犯罪として立件されていない行為
- 性暴力未満の不適切行為
これらは、制度上どうしても網を抜けてきます。
つまり、日本版DBSは「現場での判断が必ず残る制度」として設計されています。
園長先生に課される「裁量」と「責任」
法律は、犯歴の有無にかかわらず、「児童対象性暴力等を行うおそれがあると認めるとき」には、防止措置を講じることを事業者に求めています。
判断をしないこと、様子見を続けることが、必ずしも安全とは限りません。ここに、園長先生が最も悩まれるポイントがあります。
「おそれ」ありと判断すべき4つの入口(端緒)
では、どのような場合に「おそれ」の判断プロセスを動かすべきなのでしょうか。
実務上は、次の4つの入口(端緒)で整理できます。
① 犯罪事実確認の結果による判断
犯罪事実確認の結果、特定性犯罪事実該当者であることが判明した場合、原則として「おそれあり」と直結します。これは園長の裁量ではなく、制度上の前提です。
② 児童・保護者からの申出があった場合
児童本人や保護者から、被害や不安の申出があった場合、事実が未確定であっても、「暫定的なおそれ」として対応が必要です。
この段階で重要なのは、「真偽を決めつけないこと」と「安全確保を後回しにしないこと」です。
③ 調査により事実が認定される場合
防犯カメラ、SNS履歴、関係者の供述などを総合し、合理的に見て性暴力が行われたと判断できる場合は、「おそれ」ではなく事実認定の段階に入ります。
④ 性暴力未満でも「不適切な行為」が継続する場合
性暴力そのものではなくても、
- 不必要な密室化
- SNSの私的利用
- 身体的・心理的距離を越える言動
こうした行為が、具体例に該当し、反復・継続している場合、制度上は「おそれあり」と判断され得ます。
行政書士の視点|主観的な「怪しい」を客観的な「認定」へ
職員に対して配置転換や自宅待機、懲戒といった措置を取るには、園長先生の「違和感」だけでは足りません。
「合理的に認められる」判断基準
必要なのは、
- 客観的な証拠
- 当事者や関係者の供述の整合性
これらを踏まえた合理的な理由です。
適正手続(デュー・プロセス)の重要性
疑いがある職員に対しても、
- 弁明の機会を与える
- 中立・公正な調査手順を踏む
このプロセスを欠くと、後に労働紛争となった際、園が法的に不利になるリスクがあります。
調査中でも最優先される「児童の保護」
調査の結論が出る前であっても、
- 接触回避
- 配置転換や一時的な離脱
といった措置により、児童を守る判断が優先されます。
園長先生が「盾」として準備しておくべき3つの文書
「おそれ」を認定し、正当に職員を動かすためには、事前の書面整備が不可欠です。
① 児童対象性暴力等対処規程
- 不適切な行為の定義
- 相談・調査・判断・措置の流れ
を明文化します。
② 就業規則
対処規程で「おそれあり」となった場合に、
配置転換や懲戒ができる根拠規定がなければ、
園長先生は命令を出せません。
③ 取扱記録(帳簿)
判断に至ったプロセスを記録に残すことは、所轄庁の点検への備えであり、園の正当性を示す最大の防御です。
相談窓口の設置と周知|平時から整える体制
内部相談窓口の工夫
- 複数の相談ルート
- 性別への配慮
- 匿名性・第三者性の確保
- 相談による不利益禁止の明文化
外部相談窓口の周知(法的義務)
- 性犯罪・性暴力被害者ワンストップ支援センター(#8891)
- 性犯罪被害相談電話(#8103)
- 24時間子供SOSダイヤル
- Curetime(性暴力チャット相談)
事案発生時の初動対応|抱え込まないこと
犯罪の疑いがある場合
- 迷ったら、まず警察へ相談
- 所轄庁への通告も必要
専門家との連携
- 弁護士:人事措置・聴き取りの整理
- 医療機関・支援センター:児童の心身ケア
実務上の注意点|「記憶の汚染」と「二次被害」
園独自で過度な聴き取りを行うと、児童の記憶が変容してしまう「記憶の汚染」や、
心理的負担による二次被害が生じるおそれがあります。
聴き取りは最小限に留め、警察や児童相談所など専門機関との連携を重視してください。
まとめ|安全は「園長の覚悟」ではなく「仕組み」で守る
「おそれの判断」を園長先生一人の重荷にしないこと。規程・記録・外部連携により、組織として判断できる体制を整えること。
それが、
- 園児を守り
- 誠実な職員を守り
- 園の社会的信用と法的安全性を守る
最も現実的で、強い方法です。
日本版DBSの対応、「うちの場合はどうなる?」と感じたら
日本版DBS(こども性暴力防止法)は、施設の種別・運営形態・職員体制によって、必要な対応が異なります。
保育園・認定こども園・障害福祉施設といった義務対象施設ははもちろん、スポーツクラブ、学習塾などの認定対象事業所でも、「どこまで準備すればよいのか分からない」という声を多く伺います。
- 就業規則やマニュアルは、このままで足りるのか
- 研修や演習は、どこまで求められるのか
- 自園・自施設の運営形態で、注意すべき点はどこか
施設ごとの状況に応じた整理が必要な段階です。

